蝦夷の大地を知り尽くした作者が贈る
奉行村垣範正の異聞奇譚
¥1,078 (税込)
楓しゅん
四六判・122頁(ソフトカバー)
ISBN 978-4-86522-459-7
2025年7月発行
<あらすじ>
そして箱館は開港した。
江戸と変わらぬ近代都市であった。松浦武四郎同様、堀織部のアイヌ撫育政策によって、ようやく古来の民族たちと和解が成立する。私領松前とはいえ幕府直轄との二転三転の末の復領、再知上し弱小藩の統治能力に疑念と不審を抱く幕府による隠密の見聞が任であったのだろうか。
厳寒の寿都。村垣範正は、ここで年を越す。
北方警備は津軽藩が担当していた。兵は二、三百名にもなり、この港に別の活気を生んだ。独特の場所請負制を廃止し、産物会なる官の組織の発足が江戸城で取りざたされていた。そうした商い場の変革はもとより、石狩という立地は防衛の拠点に適合していた。
範正の巡視の本来の役割は、その一環として石狩の新たな開拓、その動向である。外国勢の強引な開港も押し売りに過ぎなかった。いい契機であった。実情、この国の財政は破綻しつつあった。ひっ迫する財政に汲汲とし、この蝦夷の広大な大地と資源を放置してゆくわけにはいかなかった。
それとアイヌ人労働への均等化。
そのアイヌ青年はワワイ。
大樹公直属の御庭番にとって、また彼も異質な詮索対象でしかなかった。
後にアイヌ人種痘という歴史的快挙を施行するも、なぜか評判が芳しいものではなく、ごたらっぺ奉行と揶揄されるのであった。
<本について>
鎖国が解かれた瞬時、この日本に村垣範正という奇妙にも凛とした人の姿をしたサムライが出現したのは偶然であろうか。酷薄さを知った人間は自然を恨むのを偶然とし悄然とするのではない。それを必然としたとき、正義と行動という強者の倫理が生まれる。
ただ与えられた奉行という強権とこの強者を皮肉って〈ごたらっぺ〉という文字に託した。
そこまでの決意をサムライが、内実を変化させたのが死病の世界であった。
真の主領者とはなにか。幕閣の一員が遠方の土着民を悲しんだわけではない。一民族の命に憐れと感じたのだろうか。堀であれ範正であれ、奉行といえど幕内の権限かどれほどものか推して知るべし、自然と対峙した千代田城の中で力があると言えない。むしろ無力のなにものでしかない。もはや種痘をしなければ大量死は人災という非難も免れない。労働力という覚悟は命を懸けて戦う無謀な戦士ではなく、慈愛というべき内的衝動の行為でしかない。
政治の届かぬ大地、人としての無力を知ってはじめて、強者という改変の力を持つ。
万象は師なり、他人は鏡
必然は存在を招き、偶然が強者となす
神は笑い人は沈黙する
権力を見誤れば自らの無力に恐怖するだろう、内なる光を見出すことが強者の計り知れない恐怖なのである。強権と強者はまた紙一重でもあるのだ。
楓しゅん
京都芸術大学で文芸を学ぶ。札幌大学卒業。
大阪芸術大学文学教授、長谷川郁夫の文章教室にも通い、文集をアマゾン発売する。
2018年 さっぽろ市民文芸優秀賞受賞
2022年 銀華文学賞佳作
2024年『いつわらざる蒼海』出版 パレードブックス